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仙台高等裁判所 昭和53年(う)125号 判決 1980年3月18日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、盛岡地方検察庁検察官検事咄下吉男作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人山中邦紀、同鈴木紀男各作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

原判決は、「被告人両名は、坂本博ほか五名と共謀のうえ、昭和四八年四月一八日午後九時三〇分ころ、岩手県上閉伊郡大槌町大町七番六号所在の大槌郵便局長中村実管理にかかる同郵便局舎内にスト権奪還などと記載されたビラ多数を貼付する目的で、故なく侵入したものである。」(刑法六〇条、一三〇条該当)との公訴事実に対し、被告人両名が他六名と共に右郵便局舎内に右目的で立ち入った外形事実を認めながら、本件の具体的事実のもとでは、右立ち入り行為は建造物侵入罪を構成しないとして、無罪を言い渡したことが明らかである。

所論は、原判決には刑法一三〇条の解釈を誤った違法があるのみならず、右郵便局舎の立ち入り行為に対する管理権者の意思、目的の違法性、立ち入り態様の不法性に関し重大な事実誤認があるから、破棄を免れない、というのである。これに対し、当裁判所は、次のとおり判断する。

一  本件立ち入り行為に対する管理権者の意思について(控訴趣意第一並びに第二の一1)

所論は、「刑法一三〇条前段の保護法益である住居等の事実上の平穏を害する態様の行為の核心は、管理権者の意思又は推定的意思に反して行われることに外ならず、右条文が管理権者の自由な意思、自由な管理支配状態を害するがごとき行為を第一義的に処罰の対象としていることから考えても、管理権者の意思に反すべきか否かは、それ自体が本罪の成否の最も重要な基準と解すべきであるところ、原判決は、本件立ち入りが管理権者の意思に反していたものであることを認定しながら、管理権者の意思は侵入の態様を判断する重要な資料にすぎないと解したことは、一個の行為の客観的側面のみを重視した不当な解釈である。のみならず、管理権者である大槌郵便局長中村実が右目的による庁舎内の立ち入りを拒否する意思はまことに強固であり、客観的、明示的に外部にあらわれていたのに、原判決は、中村局長のビラ貼り目的での立入り拒否の意思は同人の内心に留保されていたにとどまり、客観的に見た場合それほど強固なものでなかったものとみられてもやむを得ないところであると認定したが、これは重大な事実誤認である。」旨主張する。

まず、法令解釈の誤りの主張について検討するに、刑法一三〇条にいわゆる人の看守する建造物に「侵入する」とは、立ち入ることにより当該建造物の事実上の管理支配を侵害し、もって当該建造物内の事実上の平穏を害することにほかならないから、所論の指摘するように、管理権者の意思いかんは犯罪の成否を左右する要素となり、右の意思に反する立ち入りは原則として建造物侵入罪を構成するものといえよう。ところで右犯罪の法益が住居等の平穏にあることや行為の意義などにかんがみると、本件郵便局舎における管理権者の意思とは、当該建造物(局舎)における秩序の維持、犯罪や災害の防止、業務の正常な遂行、清潔の保持等を図るため(郵政省庁舎管理規程一条参照)、建造物を現実かつ具体的に管理支配しようとする意思に外ならないが、それは内心に留保されるだけでは足りず、立ち入ろうとする者など外部の者に対し、必ずしも明示される必要はないが、少なくともなんらかの形で表示されるか建造物の管理支配状態等周囲の事情から理解され得るものでなければならない、と解するのが相当である。ことに後記のとおり管理権者(庁舎管理者)は建造物の秩序維持等をはかるため、立ち入り拒否又は禁止等必要な措置をとることができるのであり、管理権者の意思も周囲の事情に応じ、厳にあるいは緩に表現されるものと考えられる。

以上によると、原判決が管理権者の意思は侵入行為に該当するか否かを判断する重要な資料にすぎず、これに反したからといって直ちに建造物侵入罪が成立しないと判示し、かつ本件立ち入りは管理権者の意思に反するものであると認定しながら、結局立ち入りが建造物の平穏を害するに至らず建造物侵入罪を構成しないと判断した点には法令解釈を誤った疑いがある。しかしながら、本件における管理権者の意思は、後記のように、結局管理権者の立ち入り拒否の意思の形で外部に表現されるものと解され、この立ち入り拒否の意思に反したか否かが犯罪成否の重要な基準となるところ、原判決も諸般の事情を考慮の上「管理権者である中村実のビラ貼り目的での立ち入り拒否の意思は、同人の内心に留保されていたに止まり、客観的にみた場合、それほど強固なものでなかった……」と判示し、立ち入り拒否の意思いかんに重点を置いて判断しているものと思われる。そうすると原判決の法令解釈の誤りは甚しいものとはいえず、問題は、本件立ち入りが右の意味における管理権者の意思すなわち、中村局長の立ち入り拒否の意思に反してなされたか否かの事実認定に帰せられるので、以下にこの点に関する事実誤認の主張の当否について検討する。

まず原判決が第一項に掲げる各証拠によると次の事実が認められる。

(1)  全逓信労働組合(以下全逓という。)岩手地区本部は、七三年(昭和四八年)春季闘争の一環として、中央本部からの指令に従い、ビラ貼りを含む各種の闘争方針を確認し、全逓組合員の意思の統一、支援態勢を盛り上げるよう地区本部内の各支部に方針を伝達し、これを受けた釜石支部では昭和四八年四月一〇日の支部執行委員会で情宣活動として支部内の各郵便局にビラ貼りをすることをも含めた春季闘争方針を決議した。

(2)  被告人両名は釜石郵便局員で全逓組合員であり、被告人菊池は右釜石支部書記長、被告人鈴木は同支部青年部長であるところ、同支部の組合員は同月一六日ころ、同支部内の各郵便局に対し局舎の規模に応じてビラ貼りを実行することをとりきめ、同日釜石市内の唐丹郵便局にビラ貼りを行い、同月一八日被告人両名は坂本博ほか五名の同支部組合員と共に計画どおり大槌郵便局にビラ貼りを行うこととし、かねて準備していた縦約二五センチメートル、横約九センチメートル大の西洋紙に「合理化粉砕」「大巾賃上げ」「スト権奪還」「時間短縮」とがり版印刷をしたビラ多数と糊、バケツ等を持参し、同日午後九時三〇分ころ、岩手県上閉伊郡大槌町大町七番六号所在の大槌郵便局に到着し、未だ施錠されていなかった通用門と郵便発着口を通り、当夜の宿直員御園秀に「おい来たぞ」と声をかけ、土足のまま局舎内に立ち入った。御園は被告人らがビラ貼り目的で入って来たことを十分知りながら立ち入りを認めたもので、被告人らは書庫、引き戸、ガラス窓、机、ロッカー、出入口など庁舎内の各所や庁舎外の一部にビラ合計約一、〇〇〇枚(庁舎外には一三一枚)を貼りつけた。

(3)  右郵便局長中村実は、局舎の管理権者であるが、後記のように組合員によるビラ貼りが行われることを予測し、これを懸念して同日午後一〇時過ぎころ局舎前に来たところ、窓からビラ貼りが行われていることを確認したので、近くに住む右郵便局長代理安部秀一郎を呼び出し、二人で局舎に入り、被告人らにビラ貼りをやめなさい、と注意し、宿直員の御園に対し、「これは一体どうしたことだ。」と詰問すると、被告人菊池は、「今日のこの責任はおれがとる。どこでもこういうことは労働運動としてやっていることだ。」などと反論し、一部の組合員が「宿直員も眠いんだから局長帰れ。」と言ったので中村局長は「冗談じゃない。お前達こそ帰れ。君達に言われる筋合いはないから帰れ。」などという応酬があり、組合員らは順次退室して午後一〇時四五分ころには全員が退去し、中村局長らも間もなく帰宅した。なおこの間中村局長らはお客様ルームなどに貼られたビラ約二三〇枚をはがした。

以上の事実のほか、郵政省庁舎管理規程によると、庁舎管理者は、法令等に定めのある場合のほか庁舎等において、広告物又はビラ、ポスター、旗、幕その他これに類するものの掲示……をさせてはならない(六条)と規定され、これを参酌すると、被告人らの右ビラ貼りは、右庁舎管理規程に反し、管理権者である中村局長の許諾しないものであることが明らかであり、これを目的とする立ち入りも中村局長の内心の意思に反したものと認めることも容易である。しかしながら右ビラ貼りが組合の闘争手段としてなされ、看守する宿直員が入室を許諾していること、中村局長も右ビラ貼りが行われることを予測していたことに徴すると、右の立ち入りが直ちに管理権者の意思に反したものと即断することはできない。右庁舎管理規程によると、庁舎管理者は、庁舎等における秩序維持等のため必要があると認めるときは、庁舎等に立ち入ろうとする者に対し、その目的等を質問し、立ち入りを禁止する等必要な措置を講ずることができ(九条)、多数の者が陳情その他の目的で庁舎等に立ち寄ろうとする場合において、人数、時間、行動の場所を制限し、又は立ち入りを禁止する等必要な措置を講ずるものとする(一〇条)とされ、なお、職員は庁舎管理者が庁舎管理上必要な事項を指示したときは、その指示に従わなければならない(三条)。このような規程の趣旨をも勘案すると、本件立ち入りに対する管理権者の意思いかんは、中村局長が右の事態に対し局舎の秩序維持等をはかるためにいかなる立ち入り拒否又は禁止の措置をとったか、換言すれば、中村局長が組合員ら外部の者に対し、局舎内へのビラ貼り目的による立ち入りを拒否又は禁止する意思をどのように表示していたかにかかってくるものと考えられる。(原判決が管理権者の立ち入り拒否の意思も客観的にそれほど強固ではない旨判示し、これに対する本件控訴趣意が右の立ち入り拒否の意思はまことに強固で、客観的、明示的に外部にあらわれていた旨主張するように、中村局長の立ち入り拒否の意思が客観的、外部的にあらわれていたか否かは本件建造物侵入罪の成否の主要な争点となる。)

そこで更にすすんで右局舎の管理態勢や組合員らの局舎内立ち入りに対する中村局長の事前の対応のし方などを検討するに、前掲証拠並びに当審における事実取調の結果を合わせると、次の事実が認められる。

(4)  夜間を含む勤務時間外の局舎の看守は宿直勤務者(宿直員)によって行われるが、その業務は、昭和三五年一〇月一四日郵政省と全逓との間で調印された「郵便局における宿直勤務に関する協約」に基づくものであり、この協約によると、郵政省は郵便局に勤務する職員に対し、勤務時間外に庁舎の定時的巡視、文書または電話の収受もしくは連絡、非常事態発生準備等のため宿直勤務に従事させることができ(一条)、火気の取締り、盗難、不法侵入の防止および庁舎の保全等は、原則として庁舎内外の定時巡視によって措置するが、巡視以外の時刻におけるこれらの責任は宿直者が善良な管理者の注意を怠らなかった場合はないものとする(右協約に関する交渉議事録確認事項2)とされている。右協約は、郵政省と全逓との相当期間にわたる交渉の結果妥結するに至ったものであり、協約成立に至る経緯と労使間において相互に了解された事項によれば、宿直勤務者の任務と責任中、非常事態発生に対する措置については、善良な管理者の注意をもって足り特段の神経を使う必要はなく、常識的な判断でよいものと解され、定時巡視以外の時間においては飲酒酩酊をせずに睡眠していれば責任を追求されることはない(全逓速報号外第一一号、昭和三五年一〇月二一日付中右協約解説書)というものであった。また、不法侵入の防止については、文字どおり見ず知らずの者の危険な立ち入りを防止することを定めたものであり、組合活動として組合員が夜間に立ち入る場合の措置などについては双方で全く論議されておらず、仮りに郵政省側が右協約によって組合活動にともなう紛争を規律し、立ち入りを阻止する意図があったとすれば、そのような協約は締結されなかったものと考えられ(当審証人佐伯梅吉の公判供述)、結局本件ビラ貼り目的のような立ち入りについては、宿直員が組合員である場合には、特段の指示がない限り、これを阻止する義務を負うと解するには疑義があるといわざるを得ない。

(5)  中村局長は、昭和四八年四月一七日東北郵政局の労務連絡官から、全逓組合員による組織的なビラ貼りが行われるおそれがあるので庁舎管理上の注意を行うように指示され、唐丹郵便局でビラ貼りが行われたことの情報に接した。当時大槌郵便局には合計二八名が勤務し、中村局長と安部局長代理のほか一名の非常勤職員を除く二五名がいずれも全逓(釜石支部大槌分会)の組合員であって、当夜の宿直員である前記御園は分会長であった。このため中村局長は、ビラ貼りがすでに全逓の闘争方針としての指示に基づくものである以上、下部の組合員である大槌郵便局の職員にビラ貼りを拒否するよう命令ないし指示をしても実効はほとんどあがらないと考え、宿直員やその他の職員に対し、ビラ貼り活動のための局舎内立ち入りは一切許さないなどの指示、伝達はしなかった(当審証人中村実の第二回公判供述)。また当時各郵便局長にビラ貼りを警戒するよう指示した東北郵政局においても、局長は宿直員に対しビラ貼り目的による立ち入りを阻止するよう指示せよ、との指導は行っていなかった。その理由は、宿直勤務が右協約に基づくものであり、またビラ貼りに来る者は執行部の役員など宿直勤務者よりも組合の地位の高い者が多く、宿直勤務者にビラ貼りを拒否するよう指示しても実効が期待できないこと、このような指示を行うと組合側が戦術として宿直勤務を拒否する等の対抗措置をとるおそれがあり、結局実効があがらないこと等にあった(当審証人下田豊司の第四回公判供述)。

(6)  そこで中村局長は、四月一七日には安部局長代理と午後九時から午後一二時までの間、一時間交替で局舎に立ち寄り、局舎の外側からビラ貼りの有無を確認するという方法の警戒態勢をとり、同見一八日午後九時には、局長代理が郵便物をポストに出しに行ったが、局舎には異常がない旨局長に電話で報告していた。しかしそれ以外にビラ貼り阻止のため他局の組合員の局舎内立ち入りを拒否するような具体的措置例えば通用門や出入り口などの施錠の有無を確認し、施錠されていないときは宿直員に注意を促すとか、通用門や局舎入口にビラ貼り目的による立ち入り拒否の旨を表示するとか、局長ら非組合員が警戒のため泊り込むなどの措置は一切とらなかった。

以上によると、中村局長は、当時外部の組合員が組合の闘争方法としてビラ貼りのため局舎内に立ち入ろうとする事態が発生し、同じ組合員である宿直勤務者の看守によってはこれを阻止することが全く期待できず、このまま放置するときは右目的による局舎内への立ち入りが容易に行われる状況を十分認識、予見しながら、立ち入りを阻止するような特段の措置をとらず、わずかに局長代理と交替で時おり外側から局舎内のビラ貼りの有無を主として警戒していたにすぎない。そうすると、中村局長の局舎内立ち入り拒否の意思は、内心の意思としてはともかく、外面的、客観的にはそれほど強いものということはできず、組合員による立ち入りを半ば放任していたとみられてもやむを得ないような庁舎管理をしていた、といわざるを得ない。

所論は、中村局長の立ち入り拒否の意思が客観的、明示的に外部にあらわれていたことの証左の一つとして、中村局長および安部局長代理による警戒態勢をあげる。しかし両名による警戒状況は前示(5)、(6)のとおりであり、このような警戒も組合員や宿直勤務者の知るところではなかったものと認められるから、これをもって外部に対する立ち入り拒否が明示的にあらわれたとみなすには不十分である。また一時間おきに見回るという警戒のし方では、その間の時間帯に局舎内に立ち入りが行われる可能性があり(現に本件ではその間に立ち入りが行われている。)、立ち入り阻止の方法としてもきわめて不完全なものといわざるを得ない。

所論は、中村局長が宿直員に対し入局拒否の指示をしなかったのは、当時全逓が春季闘争中で、当夜の宿直員御園も全逓組合員としてビラ貼りを行うとの闘争方針を支持していたため、仮りに御園に入局拒否をするよう指示したとしてもその実効は全くあがらないと判断したため、あえてこれをしなかったものであり、原判決が右のような指示をしなかった点をとらえて管理権者の立ち入り拒否の意思がそれほど強固でないと認定したのは誤りである旨主張する。大槌郵便局の局舎の看守状況は前示(4)、(5)のとおりであり、局舎への不法侵入を阻止する立場にある宿直員によっては、ビラ貼り目的による立ち入りを阻止することが期待できないため、中村局長が宿直員に対して相応の指示をしなかったのであるから、この一事をとらえて中村局長の立ち入り拒否の意思の強弱を云々することは相当ではない。しかし、そうであればこそ、ビラ貼り目的による局舎内立ち入りのおそれが一段と高まるのであるから、このような事情に対応して管理権者がこれを阻止しようとするためには、相応の代替的な措置をとり、立ち入り拒否の意思を明らかにすべきであるのに、このような措置をとらなかったことが、客観的にみて管理権者の立ち入り拒否の意思の弱さを推測させるものと考えられるから、右主張は採用できない。

所論は、局舎の通用門および郵便発着口の施錠を管理権者が直接行わなかったことをもって、立ち入り拒否の意思が弱かったとみることはできない、と主張する。当審証人中村実(第二回公判)、同安部秀一郎(第五回公判)、同下田豊司(第四回公判)の各供述並びに当審で取調べた大槌郵便局の昭和四八年度宿直日誌の表紙によれば、宿直員が当然夜間における局舎の施錠を行うものとされ、通常午後七時三〇分ころ施錠されるが、その時間は必ずしも一定した厳密なものではなかったと認められるから、管理権者が自ら施錠せずあるいは施錠の確認等をしなかったことの一事をもって、立ち入り拒否の意思が弱かったと認めることができないことは所論の指摘するとおりである。しかしながら、原判決は右の点だけをとらえて管理権者の立ち入り拒否の意思を判断しようとしたものではなく、判決文からも明らかなように、組合員がビラ貼りのため局舎内に立ち入るおそれがあることを中村局長が認識しながら、ことさら入局を阻止するような特別の措置を講じた形跡のないことの例示として、「ビラ貼りを特に警戒して通用門等に特別の掲示を出したり、施錠その他によってビラ貼り目的での入局が容易に出来ないような特別の措置は認められない云々」と述べているにすぎない。右の説示部分は本件の具体的状況のもとでは適切と考えられるから、右主張は採用できない。

所論は、中村局長が本件現場において被告人ら組合員に対し、退去命令を発したことからみても、管理権者の立ち入り拒否の意思は強固であったと認めるべきである、と主張する。中村局長が被告人ら組合員に対し局舎内外のビラ貼り行為に抗議し、退去方を求め、被告人ら組合員も退去したことは前示(2)、(3)のとおりである。しかしこれらの中村局長の行動は被告人ら組合員が局舎内に立ち入った事後のものであり、中村局長がビラ貼りを肯認しないし、遡ってその立ち入りを容認しない内心の意思を有していたことを推測する事情となるが、これをもって外部的にあらわれた事前の立ち入り拒否の意思を有していたことを推測することは相当ではない。右事実からは事前の立ち入り拒否の表示があったものとみることはできないから、右主張は採用できない。

二  本件立ち入り目的であるビラ貼り行為の違法性について(控訴趣意第二の一2)

所論は、本件立ち入りの目的であるビラ貼り行為は、少なくとも軽犯罪法違反(同法一条三三号)に該当する犯罪であって、本件立ち入りはこのような犯罪の敢行を目的とした違法なものであるのに、原判決はこの点を看過し、ビラ貼り行為をもって庁舎管理規程に違反する程度の違法にすぎないとしたのは、はなはだしい事実誤認である、と主張する。

まず本件立ち入りの目的となるビラ貼り行為がいかなる犯罪を構成するかについては訴追がなく、原審第一回公判で検察官は、「公訴事実に故なくとはビラ貼り目的を指し、管理者の意思に反して入ったことを意味し、ビラ貼りが建造物損壊とか器物損壊あるいは軽犯罪法違反になるかも知れないが、本公判ではこれを主張しているわけではなく、この点は審判の対象とするつもりはない」旨釈明し、本件公訴事実の審理については、立ち入り目的を右のように限定した経過がうかがわれる。そうすると、原判決が立ち入り目的がいかなる犯罪をなすにあったかの判断を回避したこともあながち不当とはいえない。また所論の指摘するように、本件建造物侵入罪の成否の核心は、立ち入りが管理権者の意思に反したか否かにあり、目的となるビラ貼り行為が犯罪にあたるか否かにあるのではない。もっとも管理権者の意思を推測し、侵入罪の違法性を基礎づける事情として、立ち入り目的いかんも重要な審理の対象となると思われるので(所論にかんがみ、更に検討する。司法警察員作成の検証調書その他関係証人の供述を合わせると、本件ビラは庁舎内外に約一、〇〇〇枚にわたって糊で貼られ、庁舎内の建物構成部分や備品等の一部に乱雑に貼られてそれらの美観がかなり害されているところと認められる。その規模、態様に徴すると、右ビラ貼りは庁舎管理規程に反するばかりでなく外形上軽犯罪法に該当する程度の違法性を備えたものとの評価も可能である。その他ビラ貼りに至る経緯を勘案すると、本件ビラ貼りは、組合の闘争手段としてなされたものであるとはいえ、庁舎施設の管理権を害し、組合活動の正当性を超えた疑いがあるから、管理権者としてはこのような目的による立ち入りを受忍する義務はなく、これを拒否できるものと考えられる。しかしながら右立ち入りは宿直員の承諾のもとになされ、管理権者の中村局長は、組合員によるビラ貼りが行われることを予測しながら、その立ち入りを拒否ないし禁止する十分の措置をとらず、立ち入り拒否の意思が外部に表明されたとはいえなかったことは、前示のとおりである。そうすると、ビラ貼り行為が右のように違法、不当なものであったにせよ、このことを理由に本件住居侵入罪の成立を認めることはできないといわなければならない。従って右主張は採用できない。

三  本件立ち入り行為の態様について(控訴趣意第二の一3)

所論はまず、本件立ち入りは、被告人ら八名もの集団が土足で入室を禁じられた局舎内に、土足のまま立ち入った点で平穏を害すると主張する。

そこで《証拠省略》を合わせ検討すると、被告人ら八名の組合員が前示一(2)のとおり郵便発着口から土足のままで庁舎内に立ち入ったものである。当時局舎内は土足では上らない慣行となっており、職員らは上履きを用いていたが、局舎内は木製板敷の床を油で拭いた体裁になっており、靴を脱いで素足で歩けるようなところではなく、外来用のスリッパも十分には備付けられていなかったこと、郵便発着口から外勤室へ行く時は土足で行く者もあったことなどが認あられ、土足の禁止がそれほど厳しいものであったとは認められない。また右の立ち入りにより局舎内が汚損されたものとも認められない。そうすると被告人らの土足による一時的な立ち入りの態様のみをとらえてこれが住居等の平穏を害する程度のものであるとは断じがたい。

所論は次に、夜間には昼間の執務時間と異なった住居等の平穏があり、管理権者としては、盗難、火災の防止などの目的で局舎全体を外部から隔離し、正当な理由のない者を立ち入らせないため、宿直者を置いているのであるから、夜間の場合には、正当な理由がない立ち入りには、たとえ暴力的手段等をともなうものでなくとも、立ち入り行為それ自体によって住居等の平穏が害される、と主張する。

しかしながら、本件立ち入りは現実の看守者である宿直勤務者の承諾のもとになされたものであり、また宿直勤務者の業務が具体的に妨害された事実は認められない。そもそも前示一(4)、(5)のとおり当時組合員である宿直勤務者が組合活動としてなされるビラ貼りのための立ち入りを不法侵入として阻止できる協約上の義務があるかどうかについては疑義のあるところであるから、看守者を置いていたとしても右のような立ち入りを他の正当な理由のない立ち入りと同視することは妥当でない。なお関係証拠によれば郵政当局は、右の立ち入りを阻止しなかった宿直員御園秀を規律違反等一切の処分に付していない。

以上のとおりで右主張はいずれも採用できない。

四  結び

以上検討したところによると、被告人両名の本件立ち入り行為がいまだ建造物侵入罪の構成要件に該当しないと認定した原判決には、結局判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤ないし所論の主張する事実誤認はないから、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川文彦 裁判官 小島建彦 清田賢)

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